鹿島錦

 

鍋島篤子作と伝えられる筥迫(はこせこ)鹿島市指定重要文化財(祐徳博物館蔵)

鹿島錦は優れた伝統工芸品でもあり特産品として、広く知られ紹介されています。その発祥は、鹿島第9代藩主(なべ)(しま)(なお)(のり)の夫人篤子が病床にあった時、部屋の天井に組まれた()(じろ)文様をヒントに日用品に活かす事を考え、(きん)(じゅう)に相談して考案したのが始まりとされます。その後、歴代夫人らによりさまざまな工夫が加えられ、金銀の(はく)()を細かく()って(たて)(いと)とし、色染めした絹糸を(よこ)(いと)として織り込み、模様にも工夫が重ねられて工芸品として完成されました。すべて地道な手織りで作られる緻密な作業であり、制作には非常に高い技術と日数がかかります。

江戸時代までは藩主夫人を中心とした、城内に(ほう)(こう)する一部の人々が伝承していた鹿島錦の制作技術は、市販を目的して伝承された工芸品とは異なって、一般の人の目にふれる事もあまりありませんでした。藩の保護を受けながら、産業として発展した工芸もあるなかで、鹿島錦は趣味的工芸品としての色彩が強く、その反面極めて優雅な手工芸品です。

その後、明治43年(1910)にロンドンで日英大博覧会が開催された時、この綿が「()()(にしき)」として出品され、多くの人々の注目を集めました。しかし、鹿島錦の制作が一般に広まったのは、昭和に入ってからで、伝承者養成のために講習会が開催され保存会が結成されるなど、その制作技法は現代に受け継がれています。

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